2026年5月31日
ついにこの日が来てしまった。
嵐が5人の意思で活動を止める日。
自分たちで決めた幕引き。
楽しいこと嬉しいこと温かい気持ち、素敵な笑顔も全部まるっと宝箱にしまって、思い出のアルバムのかわりにたくさんの歌を残していってくれるんだって。
私なんて、FCも自名義ひとつだったし、何年かに一回ライブが当たれば大喜びで出かけていく程度のお茶の間ファンだし、聞きわけがよくて物分かりのいい大人なファンでいたくて「まあ仕方ないよね、5人が決めたことだもんね」ってフリをして過ごしていました。
長いお休みに入る時から、いつかこの日が来ることはうっすら覚悟していた。
この1年、5人はファンにだけ向き合って、何度も優しくこれが最後だよって教えてくれていたのに、わかっていたつもりでもただの「つもり」だった。
いざその日が来たら、全然こころの準備なんてできていなかった。
いま、とてもとてもさみしいです
明日も明後日も嵐に会いたいよ
次の日、FCからの「大切なお届け物」ことフォトブックが地方の我が家にも配送され、6/1 に全国一斉に届くように準備してくれてたのか、そうか、嵐はいつも記念日に贈り物をくれてたわねと思い至るなど。
・・・というわけで、しつこく配信ライブのおかわりをしながら、この文章を打っています。
オープニングで会場を埋め尽くしたファンの大歓声すら愛おしい。
なんででしょうね?明るくてハッピーな歌ほど泣けるわ。
5人の変わらない笑顔が沁みる。
お花のモチーフがあちこちに散りばめられているのは、あれ、5人とファンへのはなむけなのかな?
あいばちゃんの声がちょいちょいうるっとしてるのは想定内として、もしかしてMJ先生がいちばん気持ち揺れてる?だって歌声が・・・つねににこやかな翔君も、今日はそうでありたいって決めてたのかな?ますます力強さを増したにのの歌声が全体を支えている。そして、久しぶりのおおのさん!!!!!
リアルタイムで見てたときはおおのさんを追うのに夢中で気付かなかったこと、配信だといろいろ考えちゃっていかんですね。
「セットリストを考えるのがめちゃくちゃ楽しい」とおっしゃっていたMJの言葉通り、懐かしい歌からライブの鉄板曲に思い出のドラマの歌、最新シングルまで網羅した3時間半。まだまだ聞きたい歌はたくさんあるけれど、全部やってたら24時間あっても足りない耐久レースみたいになるから仕方ないね?
私は5人の嵐が大好きといいつつ、どうしたって圧倒的おおの担なのを思い知らされたファイナルライブでもありました。
だって、どの歌もどのフレーズもどのダンスも、おおのさんの、おおのさんのためだけの、おおのさんにしかない才能がきらめいているじゃないですか?なんであんなに軽やかに自分の声と体を操れるんですか?おおのさんは重力すら思いのままなんですか?
・・・あれは、おおのさん初の個展が地方も巡回した年。
同行者が来れなくなったという同級生に誘われて、福岡ドームでライブに入り、初めて生の嵐の歌を聴いた。
当時からいろんなライブに行きまくってたし(その同級生もライブ仲間)、バレー好きだから嵐のこともデビューから知ってたし、TV に出てれば見てました。
でも、生で聴いてやっとわかった!
あんなに胸がきゅっとなる青春甘酸っぱさを、素敵に、いい塩梅でにじませてくる歌声はほかにない。その主成分はおおのさんの歌声だって気付いてしまった。
そこから、おおの担人生の始まりです。
おおのさんの歌声とダンスにすっかり気持ちを奪われて、誘ってくれた友人に「私もFCに入るから!来年は私がチケット当てるから一緒に次のツアーも行こう」と鼻息あらく宣言した時の気持ちがよみがえってきちゃったよ。
その時は、友人がなぜそんなにチケットに関して悲観的なのか、わからなかったんです。嵐のチケット争奪戦の厳しさも、次の年が10周年の大事なアニバーサリーでファンが戦々恐々としていることも、そこからさらにえげつないほど倍率が上がっていくことも何にも知らなかったわけです。実際に次のツアーはビギナーズラックなんてかけらもなくて入れなかったし(涙)
もっと早くから追いかけたかった気持ちもあるけれど、時期的に、おおのさんが『魔王』で主演して、『歌のおにいさん』も続いて、ちょうどタイミングがよかったのかもしれない。そこからいろんな景色をみせてくれてありがとう。
ドラマの円盤を買うことも、ペイジーでの支払いも、嵐のおかげで初体験させてもらったことがたくさんあります。まだリアルでダフ屋のおじちゃんたちがいた頃、会場前で定番の「チケットあるよ」じゃなくて、「チケット持ってない??買うよ」って声を掛けられたのも、嵐が初めてだったなぁ。絶対にダフ屋と転売屋には加担しませんけどね。
ついつい、思い出語りになってしまうけれど、嵐の歌って記憶とか思い出と結びついてるものが多いですよね?これはきっと私だけじゃないはず。
例えば、a day in our life
2002年、『木更津キャッツアイ』はもうそんなに前なのね?ドラマを毎週楽しみに見てたし、続きが気になって映画館にも行ったし、今でも「木更津~~~キャッツ!にゃあ!!キャッツ!にゃあ!!」って円陣組みたくなるくらい好き。ゆるい青春ドラマと見せかけての斬新な構成に、脚本のクドカンの天才ぶりがすさまじかった。その歌をライブで聴くと、難しい歌のなかでおおのさんのフェイクが改めてうつくしい。
「みんな、あの歌が聴きたいんだろ?」ってにやりとするおおのさんの前振りで始まるパート。Monster からの、truth の流れがまた最高に素晴らしい。
ダークファンタジーな世界観を落とし込んだ歌詞と曲調は何年経っても色褪せないまま。嵐がこれだけたくさんドラマの主題歌やタイアップ曲を任されてきたのは、国民的アイドルだからというだけじゃなくて、製作段階から作品や相手に寄り添った楽曲への信頼があったからなんだろうなぁ。それが今頃になって功を奏して、当時のドラマや懐かしい風景を思いおこさせる装置にもなる。ワイルドアットハートもそうだなあ。
おおの担なので、基本どの歌もおおのさんのソロパートは嬉しいし、大好きですが、なかでも格別なのが Step and Go この歌のおおのさんのソロは何万回聴いていても「待ってました!」ってなりますね。言わないで聞き入るけど。
こういう定番曲で、当時のままにがしがし踊ってくれるのがまた嬉しい~と思いながら5人の話をきいていたら始まるLove so Sweet この歌を嵐に持ってきてくれてありがとう、道明寺。絶対に恋が始まるイントロは2026も最強です。YesNoの、バックのジュニア以上にごりごりのがしがしっぷりのダンスも最高だなぁ。2005に歌っていた「君が望んでる明日」が、20年経って少しでも叶っていることを願います。
嵐として歌っていない時間に5人が実感したこと。
嵐の歌が育っていく、手を離れても曲が成長していく、曲って止まらないんだと、メンバー口々に語っていましたね。リリースされた歌にとってはなんだか理想的な歌生だなぁと思って聞いていました。
思い出と結びついている世代だけじゃなくて、リアル嵐を知らない世代にもこれからずっと聴かれて歌われていくとしたら、なんだか嬉しくてわくわくしちゃう。
つなぐ だけは、映画『忍びの国』も見てほしいけれど。おおのさんの歌声がなんでこんなに際立って切ないのか、ただのアクション忍者映画と思って見たら、やけどするぜって感じ??こういうこと言いはじめたらキリがないね(たぶんファンの数だけこれも観ろ!の言い分がある)
LuckyManとか、Carnival Nightからのエナジーソングみたいな、テレビの歌番組ではやらないけどライブでは絶対に盛り上がる鉄板曲がちょいちょい差しこまれてるのも、わかってるなぁって。
伝統のジュニアくん紹介もあって、彼らの未来に幸あれ。(特に、東京ジュニア・関西ジュニアとしかテロップ紹介がなかった彼ら)ますださんだって、無所属のジュニアで嵐ツアーのバックにいたことを、そして翔君のソロのバックに抜擢されたことを、20年以上経っても未だにあんなに誇らしげにしてるんだもんね。
・・・と、エナジーソングで楽しく盛り上がってる最中に、見逃し配信、私の最後の一周はぶちっと終わってしまいました。6月15日、シンデレラの魔法が解けるお約束の時間が来ちゃったようです。映像の続きは11月に円盤が届くまでお預け。
最後の挨拶まで、ひとりずつ誠意をこめて丁寧に伝えてくれたこと、忘れません。
ここからは、脳内の記憶ときちゃないメモを辿りながら書くことに。
挨拶トップバッターのMJは、何度も「ありがとう」「楽しかった」を繰り返していて、絶対に最後はこれで終わるんだ、笑顔で伝えるんだという断固たる決意がびしばし伝わってきた。しかと受け取りましたよ。
あいばちゃんの、上ずった声。どうしたって感情を隠し切れない素直さと優しさ。
あれだけ「マッキーって言っていいんだっけ?」って油性ペンの商標に気をつかいながら「ジャニーズ」を連呼していた、にの。あれ、確信犯でしょ?
翔君のにこやかな笑顔にも、MJと同じく強い意思を感じた。最後は絶対に笑顔で終わるんだって決めてるひとのさすがの立ち居振る舞いだった。これからの5人と嵐が残していく歌をファンに託したあと、「僕たちが嵐でした」って言って、ちょっと間があって過去形を訂正するところ。たぶん私も含め全国のファンの重い重い願いをどっしり受け止めてくれたような、小さくて大切な「間」だった。
スケッチの歌詞じゃないけれど、5人が嵐を「誰よりもおれら自身が溺愛」してきたからこその26年あまりだったんじゃないかな。きっとこれからも嵐の歌は愛され続けるし、懐かしんでドラマや映画を観るひとも多いだろうし、新しく好きになるひともいるだろう。4人の活躍も楽しみです。
ありがとうと、ありったけの感謝を伝えたいのはこっちなんですけどね。
・・・で、おおのさん。
軽やかで伸びやかでしなやかでうつくしく歌声を響かせ自在に踊っていたおおのさん。
もう板の上で輝くあなたには本当に会えないんですか?
おおのさんにだけは「またね」って言えないんですか?
何年振りかで見るライブのおおのさんは、いつも通り、いや、記憶の中のいままで以上に輝いていて、ブランクなんて微塵も感じさせない、舞台の申し子みたいな歌声とダンスと所作でそこにいて、ステージで輝くために選ばれたひとだった。それがどれだけ稀有なことなのか、見てるこっちには映像越しでもずっしりと、まざまざと、伝わってくる。
おおのさんの歌声とダンスが好きすぎて、素晴らしすぎて、やっぱり諦められない気持ちがむくむくと沸いてきちゃうのはどうしたらいいんですか?何年もブランクあってのあの声と軽やかさ、じゃあ数年後は?もっともっと年齢と経験を重ねたらどこまで進化するんだろうって、この先を見たくなるのは欲張りすぎますか?
でもね、、、ご本人にそんな「欲」がないとしたら。
おおのさんご本人が、自分の持つ歌声とか表現力とか身体能力とかがどれだけ唯一無二で、天賦の才と努力と経験が掛け合わさって生まれた奇跡なのか、どれだけ板の上にいることが似合っていて、華やかで軽やかなオーラを勝手に醸し出しているのかとかに、まるで無頓着というか、とんと執着がないように見えるのがなんとも切なくてもどかしいのです。(本当は心の内でいろいろ思うところがあるにしても、表向きはそういうふうに見える)
なのに、そこがまたおおのさんのほかにはない魅力、おおのさんのいいところでもあって。
ご本人がその気にさえなれば、歌でもダンスでも演技でも映像でも、天下を取って無双できるはずのひとなのに、ぎらぎらしたところがまるでない。かわりに、何もかもを超越したような、あの飄々とした、もしかして仙人なのかなっていうような佇まいとか、何年やっててもアイドルである自分に慣れてない感じがぽろっと出てきちゃう感じとかライブ中の客席にむける照れくさそうな笑顔とか・・・結局はそういうおおのさんだからこそ大好きなので、さらにもどかしくてさみしくて。
いまは、「これまでありがとう」しか言えないけれど、いつかそのうち自分から(←ここ大事!)歌いたくなったら、踊りたくなったら、いつでも帰ってきてね。
にのの会社に所属して、大宮で本気のデュオでもいいよ(都合のいい妄想だけど、あの二人の声でネタでもギャグでもない本気のハモリが聴きたいのはずっと前からの本心の願いです)
それまでは、たとえその日が来なくても、おおのさんが元気で幸せで楽しい毎日を過ごせますように。遠くから願うことしかできないので、ここに長い長い文章を放流しておきます。
宝箱がぎっしりずっしりいっぱいになるくらいの素敵な時間と思い出を、本当にありがとうございました。
見事な、美しい幕引きでございました。















